山中伸弥教授のノーベル賞受賞でiPS細胞を用いる再生医療の実現にさらに一歩進んだ。しかし、実際に患者さんを治療するまでには、なお様々な倫理問題が控えている。生命倫理のルールは、こうした医学の発展を社会が理解しサポートするための規範である。iPS細胞を中心とする再生医療にどのような倫理問題があり、それにどのように対処するのか、、考えてみたい。
iPS細胞の前に研究が始まっていたヒト胚性幹細胞(ES細胞)は、人の身体のどの部分の細胞にも分化し無限に増殖する能力を持った細胞(多能性幹細胞)である。これを用いて目的の細胞を誘導し、さまざまな難病、例えば心筋梗塞、脊髄損傷、パーキンソン病等に新しい元気な細胞・組織を移植して、治療する。しかし、ES細胞は「人の生命の萌芽」である受精卵(胚)を破壊して取り出す(樹立)、という重大な倫理問題を抱えていた。ところがiPS細胞は、受精胚からではなく体細胞から多能性幹細胞を作るため、この問題を回避できた。
しかしiPS細胞は、その多能性ゆえに、精子や卵、脳細胞にも分化させることもできるが、そこまでも許すのか。また、導入する遺伝子の影響、無限の増殖によるがん化の可能性、体細胞の提供者のプライバシーなど、倫理問題がなくなったわけではない。
さらに、患者さんの治療までに、動物実験の上に、臨床研究で安全性と有効性が実証されねばならない。科学的に安全・有効でない治療を行うのは倫理的にも許されない。実際の治療では、必ずしも患者さん自身のiPS細胞でなく、iPS細胞のバンクから「製品」としての細胞を移植することが考えられているから、厳格な条件をクリアし質の保証された「製品」(細胞)としてのiPS細胞でなくてはならない。
最先端の医学研究とその成果の応用には、こうした科学的および倫理的検討の重要性と厳しさが不可欠である。