ゲノム編集によって何が可能になるのか
発題 中山 潤一
私たちの遺伝情報はDNAとして細胞の中に収納され、その全体をゲノムと呼んでいます。DNAの情報は母親と父親から受け渡され、基本的にはほとんど変化しませんが、時には放射線や化学物質などの影響で変化し、がんなどの病気が引き起こされることがあります。ゲノム編集とは、2012年に開発された革新的な技術であり、DNAの配列を意図的に、正確に、しかも容易に変化させることを可能にする技術です。例えば、この技術を利用することで、これまで調べることが難しかった様々な生物種の遺伝子のはたらきを調べることが可能になりました。また、この技術を応用することで、将来的に人類が直面することが予想される食糧問題から、重篤な疾患の治療、臓器移植など、様々な問題の解決につながると期待されています。一方で、この技術を利用して特別な赤ちゃん、いわゆるデザイナー・ベビーをつくろうとする試みもあります。本講演では、最近注目されるゲノム編集という技術について紹介し、それによって何が可能になるのか紹介したいと思います。
ゲノム編集と倫理・私たちの社会
発題 土井 健司
ゲノム編集が、どのような人間を眼差しの下におき、またその忘却を引き起こすのか、これが目下の問題意識となります。そのためにゲノム編集の研究者は現在何をすることができ、またどこをめざしているのかを知る必要があると思います。
ところで生命倫理におけるは忘却というものが問題となります。たとえば脳死臓器移植の問題では、脳死者とドナーとの関係の中でドナーの命が救われ、しかし脳死者への忘却が問題となります。人体実験の問題では、実験結果に期待するあまり、被験者の人権、人間性が忘却されていることが問題となります。ゲノム編集は、その技術を実施することがどのような人に光をもたらし、また忘却を引き起こしているのか、またその可能性を秘めているのかが問われることになります。
現代社会における技術中心主義は技術の進歩は人類の夢という思想に支えられてきましたが、そろそろこの価値観にも限度が見えてきたのではないでしょうか。本来技術は手段であるはずなのに、目的となってしまい、その目的のもとに人間が忘却されてしまう可能性があるからです。生殖細胞系ゲノム編集の場合は、生まれてくる人間の存在そのものがこの技術にとって手段となってしまわないでしょうか。技術というものを本来の手段に引き戻すためには、「多くの人が幸せになるため」、「未来の人間の治療のため」等などの目的・目標に惑わされることなく、私たちが真剣に何を求めるのか、私たち一人ひとり、そして将来の子孫を視野に含めて考えて行かねばならないのではないでしょうか。
2020年3月21日 (土) 13:00~17:30
場 所:関西セミナーハウス
(京都市左京区一乗寺竹ノ内町23)
参加費:2,300円 学生 1,000 円(コーヒー付)
締切日:2020年3月18日(締め切り後はお問い合わせください。)
・他の修学院フォーラムより開始時間が早いのでご注意ください。
<講師プロフィール>
中山 潤一(なかやま じゅんいち) 氏
基礎生物学研究所 クロマチン制御研究部門教授
1971年東京都に生まれる。東京工業大学大学院生命理工学研究科卒、博士(理学)、米国コールドスプリングハーバー研究所博士研究員、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター・チームリーダー、名古屋市立大学大学院システム自然科学研究科教授などを経て、2016年から基礎生物学研究所クロマチン制御研究部門教授。研究テーマは、遺伝子の発現制御メカニズムなど。平成22年度文部科学大臣表彰若手科学者賞を受賞。
最近の訳書として、『デザイナー・ベビー—ゲノム編集によって迫られる選択』(ポール・ノフラー著、2017年丸善出版)などがある。
<講師プロフィール>
土井 健司(どい けんじ) 氏
関西学院大学神学部教授
1962年、京都に生まれ育つ。関西学院大学神学部教授(歴史神学)、日本基督教学会理事、第24期日本学術会議連携会員、京都大学博士(文学)、関西学院大学博士(神学)。
著書として『救貧看護とフィランスロピア』(創文社)、『キリスト教を問いなおす』(ちくま新書)など多数、また論文に「忘却されし者へ眼差しを―バイエシックス・人間愛・キリスト教」(小松美彦・香川知晶編『メタバイオエシックスの構築へ』)、「安楽死・尊厳死とキリスト教―その歴史と基本思想」(甲斐克則・谷田憲俊編『生命倫理5 安楽死・尊厳死』)、「いま敢えて脳死・臓器移植について書くとするなら」(『医学と福音』3月号)等、多数ある。